ローセフは我々の日常生活のみならず、我々の存在する「世界」そのものを作り上げる「神話」の構造を、対話的=弁証法的観点から探求した。それは単なる「神話」の暴露でも、讃美でもなく、文学などの表現領域や人格の論理構造をめぐる問題を巻き込みながら、存在=ありようの本源に迫った知的探求の精華である。
それは弁証法的唯物論という「公認」の哲学を、はるか後方に追いやる緻密さとウィットに富んだ独自の宗教哲学的存在論であり、ソ連体制初期の思想状況の多様性を物語る歴史的遺産でもある。
序文
序言
第一章 神話と虚構
第二章 神話と理念的存在
第三章 神話と科学
1.一定の神話と一定の科学は部分的に一致することもあるが、原理的に決して同一ではない 2.神話から科学は生まれないが、科学は常に神話的である 3.科学は決して神話を破壊することはできない 4.神話は科学的経験に依拠しない 5.純粋な科学は、神話とは反対に、客体という絶対的な与件も、主体という絶対的な与件も、完成された真理も必要としない 6.神話には独自の真理がある
第四章 神話と形而上学
1.形而上学的性質は神話の此岸性と感覚性にとっての妨げとなる 2.形而上学は科学的である、ないし科学的外見を持つが、神話は直接的な知覚の対象である 3.神話の特性は(キリスト教も含めて)普遍的である 4.神話的な解離性と位階性
第五章 神話と表現形式
1.表現形式の概念 2.図式、アレゴリー、シンボルの弁証法 3.シンボルの様々な層 4.シンボリックな神話の例
第六章 神話と詩
1.表現形式の領域における神話と詩の類似性 2.知性体の領域における類似性 3.直接性の観点から見た類似性 4.解離性における類似性 5.解離性の性質に見られる最も深刻な不一致 6.詩と神話は相互に依存しない 7.神話的解離の本質 8.神話的解離性の原則
第七章 神話と人格的形式
1.中間的総括 2.人格概念の基本的弁証法 3.あらゆる生きた人格は何らかの形で神話である 4.神話的・人格的象徴 5.神話的な時間の弁証法の概要 6.夢 7.神話概念の新たなる深化への手がかり
第八章 神話と宗教
1.神話と宗教の最も一般的な類似と不一致 2.宗教のエネルゲイア性と実体性 3.神話における顔貌と人格 4.宗教は自ら神話を生み出さずにはいられない
第九章 神話と教義
1.神話は歴史的であり、教義は絶対的である 2.神話的な歴史主義 3.宗教、神話、教義神学の概念 4.信仰と知識をめぐる神話と教義 5.唯物論という神話 6.唯物論のブルジョア的神話 7.唯物論の諸類型 8.様々な理論に見られる神話と教義 9.結論
第十章 神話と歴史
1.歴史の自然的・物的な層 2.意識と理解の層 3.自己意識ないし言葉の層
第十一章 神話と奇跡
1.序言 2.奇跡とは何でないか 3.他の奇跡の理論 4.奇跡の基本的な弁証法 5.奇跡における合目的性と他のタイプの合目的性との比較 6.神話的合目的性の独自性と特性 7.現実の存在は様々な段階の神話と奇跡である
第十二章 神話の諸要素の概括
1.弁証法的必然性 2.非理念性 3.科学との無縁性と特殊な真理 4.非形而上学的性質 5.シンボリズム 6.解離性 7.神話と宗教 8.神話的な歴史主義の本質
第十三章 神話の最終的な定式
第十四章 絶対的な神話の理念
序言 1.弁証法は神話であり、神話は弁証法である 2.絶対的な神話の綜合の概観 3.続き 4.梗概 5.絶対的な神話に由来する一連の神話のいくつかの例
解説
アレクセイ・フョードロヴィチ・ローセフ(1893-1988)
ロシア南部の都市ノヴォチェルカッスクに生まれる。モスクワ大学歴史・文学部で哲学と古典学を学び、古典ギリシア哲学から近代西欧哲学、さらに同時代のロシア宗教哲学の成果を吸収し、独自の弁証法哲学を打ち立てる。1927年から『古典古代のコスモスと現代の科学』、『名の哲学』、『古典古代のシンボリズムと神話の概説』(30年)、そして本書(原題は『神話の弁証法』)などを次々と刊行するが、反体制活動の嫌疑をかけられ収容所に送られる。収容所で失明したことなどから幸運にも帰還を許される。44年からモスクワ教育大学で古典学の教鞭をとり、『オリンピアの神話学』(53年)、『古典美学史』(全8巻、1963-94)などの著作を残した。
大須賀 史和(おおすか・ふみかず)
1967年生まれ。東京外国語大学大学院修了。著書に『新しい文化のかたち』(2005年、御茶の水書房、共著)がある。